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  「みね」  それは、突然だった。 「海、見たことあるか?」  晴れ上がった日だった。雲もほとんどなくて、空は本当に青かった。これが本当の空色なんだと、いつか彼が言ったことがある。  そんな、本当の空色が広がった日。  彼の問いに、私は首を横に振った。すると、もう彼の癖になってしまっていたのだろうか、彼の手が私の頭をくしゃりと撫でる。 「お前がいつも見てるこの川は、ずっとずっと流れていって、いつか海に入るんだ。川も大きいけど、海はもっともっと大きいんだ」  彼の目が、空を見る。 「波がざあって押し寄せてきて、俺の膝まで濡らしてまた引いてくんだ。白い泡が瞬きしてるあいだにできて、もう一回瞬きしたら消えてるんだ」  そして私も。 「光がそこらじゅうキラキラしてるんだぞ。川の光も綺麗だけど、もっともっと綺麗なんだ。海の向こうには別の国があっていっぱい、いろんな人がいるんだってさ」  ああ、なんて綺麗。  私は目を丸くして聞いていた。鏡がなくてもそんなことがわかったのは、彼が笑って言ったからだ。目が飴みたいになってる、と。ちょうどその日は、暫く口に入れていてもその中でゴロゴロ転がるような飴をもらったから。  見たこともない、海。  彼の話だけで想像できたのは、光に満ちているということ。終わりなど見えない長い長い川の向こうに、終わりという海が、光があるのだ。  行きたい、と思った。声というものがあっても表現しきれないもの。  海。  ああ、なんて。  
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