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  「……みね。波の音、聞くか?」  その声に、私は視線を彼の目まで勢いよく上げた。  笑っていた。幼い妹の幼い仕草を見て、彼は笑っていたのだ。目に、優しさを湛えながら。  私の頭が軽くなり、彼は懐を探る。出てきたのは、白くて堅そうな、尖ったもの。 「……?」 「ここの穴に、耳、当ててみな」  初めて聞いたその音を、なんと表現すればよいのだろう。  強いて言うなら、砂。砂を板の上で転がした音。でも、それよりもずっと重くて、軽やかで、儚い音。 「聞こえたか?」  彼の言葉に、目を見て頷いた。 「本当は、もっともっと大きいんだ。ずっと海の中で眠っていると、貝の中に波音が染み込むんだって母上が言ってた」  貝の中に音が染み込むなんて、どれほどの時間が必要だったのだろうか。どうして音は染み込むのに、海の色は染み込まないのだろう。海は、白い色をしているのだろうか。川は、何の色もないのに。 「……どうした?」  私は彼の手を取る。 『うみは どんないろをしてるの』 「海は、たくさんの色を持ってるんだ」  空色、赤、桃、紫、浅葱、そして闇。一日でたくさんの色を持って。 「俺は、そんなにたくさん見たことはないけどな。海のそばで生きてたやつが言ってたんだ」  もう一度、手を取った。 『どうして このかいはしろいままなの』  それを聞いた彼は驚いたような表情をした。それは初めて、私が彼を驚かせた瞬間だった。  呆れるでもなく、誤魔化すでもなく、小さく子供っぽい唸るような声を上げてから、彼が出した答えに私は目を細めた。 「それは……たぶん、うん、色はちょっとした時間で変わっちゃうから、貝が追いつかなかったんだ……たぶん」  
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