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   その音色を最初に伝えたのは藤堂だった。  島原で、一つの遊女屋に留まることなく、全てを渡り歩いて演奏する芸妓の話。客の相手をすることはなく、顔さえも見せず。部屋のどこか、客の誰からも見えぬところで箏や三味を奏する。  その音色はどんなに風流のない侍の心さえも震わせ、涙を流させてしまうと。 「んなこと、あるわけないだろう」 「いや、本当ですって。言ってたんですよ」 「誰が」 「酔っ払って歩いてたお偉いさんが」 「……信用できるか、そんな話」  軽く流せば、彼は更に言った。 「一度頼んでみましょうよ」 「気が向いたらそのうち」 「永倉さんってば」  この若者、顔が童顔であることもさることながら、自分や他の年長者にまるでまあ子どもっぽい振る舞いをする。これで隊長で、先陣きって突っ込む魁先生とは。実際藤堂のこんな姿を恋文を寄越す女子が見たらどうなることか。  ……いや、逆に余計に惹きつけられるかもわからない。 「大体、そんな芸妓呼んだら俺たちの懐なんざ一気に空になっちまうだろう」 「それが、そんな芸妓であるにもかかわらず」  安いんですよこれが。  そう悪戯っぽく言った藤堂の言葉に、思わずふうん、と返してしまう。我ながら正直なものだ。 「ほら、興味持ったでしょう?」 「少々」 「正直ですねぇ」 「自分にゃ嘘はつかねえよ」 「さすがですねー」  藤堂がにやりとした、しかし嫌味のない笑顔を見せる。 「馬鹿にしてんのかお前は」 「してませんよ。……あ、それからですね」  彼女、面白い源氏名持ってるんですよ。  
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