序章~花火~

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「うん、そろそろ帰るわ。明日は朝から研修入ってるし」 「大変ねぇ、新人の教育係なんて」    仕事だから、そう言おうとしたその時、携帯が鳴った。 「ほらね、噂をすれば」  仁美が笑う。  ――広田くんだ。  一瞬、躊躇って、結局電話に出てしまった。 「――はい、もしもし」 「あ、莉子ちゃん、俺だけど。今何してたの?」  広田くんの、男性にしては少し高めの声が聞こえてきた。 「仁美の店で飲んでたとこ。もう帰るけど……どうしたの?」 「そっか。仁美さんとこに居たんだ。いや、俺も近くで飲んでたんだけど、なんだ合流すればよかったな」 「そうだね。もう少し早く電話くれればよかったのに」  思ってもいないことを言葉にしてみたりする。まるで、 『あなたからの電話を待ってたの』  と、でも言うように。 「もう帰るんだ? ちょうど近くに居るんだし、送るよ」 「あら、いらっしゃい」    仁美ママが閉店間際の店に入って来たお客様に向かって言う。   『ひとりで帰るから大丈夫』    そう言おうとしたのに、広田くんが携帯を片手に持ったまま、店に入って来た。 「びっくりした?」  彼が私に笑顔を向ける。 『すごく驚いた』  と、私は笑い返した。  この人は本当にいい人なのだ。  三ヶ月前、この店で彼に出会ってから何度もそう思った。何度も、自分に言い聞かせた。  広田くんだけじゃない、この二年の間に出会った他の男性達にしてもそうだ。  皆、誠実だった。私を綺麗だと褒めてくれた。  それなのに、どうして私は彼らを愛せないのだろう。  どうして、あの人でなければ駄目なのだろう……。  お酒が回ってくる――。  私はなんだか、泣きたくなってきた。    夏の記憶。  海沿いに上がった花火。  大輪の花火よりも 、    あの人の背中が目に焼きついた。  熱い夏の、  甘い記憶。  悠人に逢いたい。    
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