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「ウォルフよ。なぜ猿の縄張りにいる」
柔軟で豊満な筋肉とにび色の毛皮で武装した老紳士は、険しい顔をしていたが、落ち着いた声で言った。
「折り入って相談したいことがあるのじゃ」
するとウラゾは静かに体を起こし、ウォルフを連れて縄張りから遠ざかった。
「聞こう。あえてここまで来たからには、ただの用事ではあるまいな」
「霊長ウラゾよ、その通りじゃ。すこぶる深刻な話である。近頃、悪い顔の猫の子らをよく見かけるようになったな」
ウラゾは目だけを動かして、さりげなく周囲を窺い、黙って顎を引いた。
ウォルフが続けた。
「わしは、森の衰弱を重く受け止め、お前さん方の未来を考えてな、あまり子を作るなと、肉食いの若い者共にこう言ってきたのじゃ。が、猫の阿呆共は聞かなかった。彼奴らは遠慮を知らん。知っての通り、驚異的な勢いで子を増やし、その子らにも安易に肉を与えておる。結果、どうじゃ。猫の子供は我慢を知らずに育ち、腹が空いたら死体をあさり、死体が目の前にない時は、生きた動物を食らおうとするようになったのじゃ。何年か前までは数えるほどしかなかった猫が、今やお前さん方に匹敵する縄張りを持っておる」
「猿も大勢死んだのだ」ウラゾが首を振った。「この島はもはや我々のものではない」
ウォルフは狼がよく猿の死体を食べているのを思い起こし、少し後ろめたくなったが、気に留めていないふりをした。
「相談というのはここからじゃ。このままでは島が猫共に乗っ取られてしまい兼ねん。彼奴らの増殖を食い止める手立てはないか」
ウォルフの問いに、ウラゾはただ苦い顔をしていた。
2人の様子を、丈夫な歯の生え揃った猫の子供が、遠くの針葉樹の陰からこっそりと眺めていた。
ウォルフの懸念は思い過ごしではなかった。彼の話していた通り、一部の猫の子は生き物の仕留め方を知っており、空腹時、稀に、死体を探しに行く手間を嫌って、独りでいるウサギやネズミなどを殺して食っていたのである。
あれから、ウォルフは時々、近所に棲む猫の老婆を訪ね、食糧難の波がいずれ猫にも降りかかるだろうと警告したが、老婆――名はノイルという――はその都度、薄ら笑いを浮かべるばかりで、ウォルフがむきになろうものなら、体力を持て余した子供達をけしかけようとするのだ。子らに狩りを教えているのは、どうやらノイルらしい。
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