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それは珍しく曇った日のことだった。西の海岸が、あらゆる獣や鳥の呑気な話し声で賑わっていた。
黄色い猫が、太陽の温もりを背中に受けながら、砂浜で丸まって眠っていたり、孔雀が妻に羽の手入れを手伝わせていたり、ウサギ達が談笑していたりと、この浜辺だけは、島の水不足と食糧問題を忘れているかのように、時間がゆっくりと流れていた。
ノイルが、押し寄せては引いていく波に足を浸け、海の水を飲んでいた。この島に、濡れることを恐れる動物はいない。
老婆は必要以上の水を胃袋に流し込むと、牙の磨り減った口で大きなあくびをしながら、縄張りのほうへきびすを返した。
――その時、ノイルの死角で沢山の女達が不穏な悲鳴をあげた。
彼女はびくりと体を震わせ、瞬時に眠気の覚めた目を声のしたほうへ向けた。
砂浜の獣達は奇声を発しながら不器用に逃げ惑い、鳥達は羽毛を飛散させながら岡へ引き返した。
砂に埋もれた何者かが盛んに動いているらしく、その片腕が地上に突き出て、何かを掴もうと暴れている。それは特別大型の生き物ではなさそうだったが、気を抜いて楽に過ごしていた住人らの第六感を逆撫でするには充分な異常さを放っていた。この光景を間近で見た者から、戦慄と混乱が放射状に伝染して、不要に大きな騒ぎになったようだ。
ノイルの関節はもはや錆びついており、他の者のように浜から逃げ出すことができなかった。代わりに、骨ばった背中を反らして頭を低くし、地中でうごめくものを威嚇した。
遠くで見ていた動物達は、いつでも動けるように身を構え、地面から生えた手をねめつけていた。
――もう片方の腕が、砂の蓋を突き破って、叫びたそうに打ち震えた。
体毛の薄い手が2本、悶えるように空を掻きむしる。
やがて肘を折り曲げて、上から地面を掴み、両腕で踏ん張り出した。
すると、顔を真っ赤にしてりきむ人間の男が、頭や肩に土を乗せた状態で、垂直に地上へ突き出した。立った姿勢で埋まっていたらしく、まだ下半身が杭のように深く刺さっている。
見物人の半数は、砂から毛のない猿が出てきた、などと叫んで、林のほうへ逃げ込んだ。
ノイルは男の白い肌を目に入れると、警戒を解き、「あれは」とつぶやいた。
男は上体だけをうつぶせに倒し、しばらく深呼吸を繰り返すと、姿勢を整え、手を突っ張ってじわじわと両足を引き抜いた。
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