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顔の彫りは深く、髪はウサギの耳くらいの長さで、樹液に似た色をしていた。しなやかに延びた四肢は大人の猫よろしく屈強な筋肉で被われている。黒い土がこびりついているように見えた左足は、実に、膝から下が丸ごと土で出来ていた。
彼はよろめきながら立ち上がり、多くの動物が隠れた林のほうを向いて、両手を広げ、おごそかに呼びかけた。
「聴け。おれは味方だ。恐れることはない」
陸の動物達は残らず岩や木の陰に隠れた。
「恐れるな。おれは神の子だ。お前達を救いに来た」
静寂に包まれた島に、男の声だけが虚しく響く。
神妙な面持ちで彼を見ていたノイルが、斜め後ろからのろのろと近づいた。
「あんた。何の用件だい」
神の子を自称する男は慌てて体ごと振り返った。その拍子に土で出来た左の膝が音もなく破損し、ノイルの顔の前で一息に突っ伏した。
男は腹這ったまま砂まみれの顔を老いた猫に向け、自分の使命を概説した。
名を「メイダ」といい、島の生態系の乱れに歯止めをかけるために派遣されたのだと語る。
「知っての通り、おれが生まれたのはたった今だが、おれは生まれながらにして、霊長の知恵と狼の力を持っているし、それに、生まれる前から、この島が弱ってきていることを、また、猫が幅を利かせ始めていることを知っているぞ」
「じゃあ何さ」ノイルが目一杯顔を近づけて、殺伐と言った。「あんたは神様の権限で、私達を殺して減らすつもりかい」
メイダは首を振り、唇を濡らした。
「そういうことじゃない」
――北東のほうで、2人の猿が、草むらに寝そべって身を隠しながら、ノイル達のやり取りを伺っていた。石を投げれば届くような距離ではあったが、肝心の会話は聞こえない。
「見よ。あれは猿か」
大猿ウラゾが青年に尋ねた。
「違うな。あんなに毛の薄い猿はいないぜ」
「そうか。では貴様はどう見る」
「あれは、木だ。地面から生えてきたもん」
ウラゾは下顎をさすりながら、何かを深く考え込んでいた。
林では、あの奇妙な生き物が何であるか、なぜ起きようとしないのか、猫と何を話しているのか、などを巡る噂が点々と持ち上がっていた。
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