無題

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無題

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   俺には兄が居る。年は6つ離れている。  彼が(敢えて彼と呼ぶ)5つの頃親父とお袋が結婚し、連れ子として彼が来たらしい。  彼と俺と両親は慎ましくも幸せに暮らしていた。少なくとも俺は。  彼が中学を卒業する頃から家の様子が変わった。 彼が家に居着かなくなったのだ。 夜遅くに帰ってきてはお袋に暴力を振るう様になった。 その頃の俺はまだ9つ程で、唯々泣くばかりだった。訳も分からずに。  俺が中学に上がると、彼は大学に進み、家は束の間の平穏を取り戻した。  そして俺は反抗期と呼ばれる年になり、兄と同じ様にお袋を傷付けた。決して手を挙げる事はなかったが、毎夜の如く罵声を浴びせた。  それも落ち着き、高校に進学する事になった。 そこで初めて(薄々は気付いていたが)親父と自分との続き柄を知った。 そこには『長男』と書いてあった。素直に受け止められない15の俺がそこに居た。気付いていた。知っていた筈だった。それでもまだ信じたくなかった。  次第に俺は勉学を放棄する様になった。もう何かを知るのが嫌になった。  時は流れ、彼から電話がかかってきた。『親父が死んだらお前が喪主をしろ』勿論反論は生まれた。 何故お袋を差し置いて俺が喪主なのか? だが、彼の心境を鑑みると終ぞ言葉を発する事はなかった。  次いでお袋から電話がかかってきた。 そしてこう言った。『アイツには家族が居るが俺には家族が居ない』彼が中学に上がるか上がらないかの頃にこう洩らしたらしい。  そしてある結論を下した。勿論そこに至る迄に心の中で紆余曲折はあった。しかし、彼から奪ったものを考えたらこれしか浮かばなかった。  俺が出した結論は『全てを還す』  こうして俺は家族を棄てた。
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