1人が本棚に入れています
本棚に追加
コンビニで牛乳とパンを買い、家に戻る。
空には日が昇りはじめていた。
普通の人は手を太陽にかざせば、その透ける手に生命の暖かさを感じるのだろう。
俺の手には俺が断ち切ってきた人生がこびりついている。
真っ赤な、真っ赤な命の塊だ。
一瞬でも生命の暖かさに触れようとした自分に恥じ、いつもの道を行く。
「あら、いらっしゃい。」
「…………邪魔するよ。」
全くかわりもんのバアさんだ。素性の知れない男を不用心に家にあげるんだから。
「おい、犬!」
紙袋から牛乳とパンを取り出していると、左足に感じる微かな重み。
ほとんどないような尻尾をふりながら、必死に俺の足にしがみつく。
小さくパンをちぎり、牛乳に浸したものを犬の前に置く。
「名前が犬じゃ可愛そうじゃない?あなた何かつけてあげれば?」
「バアさん………つけてやってくれ。」
椿が咲き誇る庭で、命のない男が犬について語るなんかおかしな話だ。
「まだ当分この子の名前は犬ね。」
ため息をつきながらバアさんが言う。
「じゃあ行くから。こいつのこと………頼む。」
「はい、またいつでもいらっしゃい。」
買ってきたパンと牛乳を渡し、犬の頭に手を置いて別れを告げる。
「またな。」
なんの恐れもなく真っすぐな目で俺を見上げる。
何もかも見透かされそうな気がして、直ぐにバアさんの家を後にした。
最初のコメントを投稿しよう!