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「ともかく、化学は木ノ下先生に聞け」 「いや、あの先生妊婦じゃん。教わりに行って『産まれる!』とか言われたら困るし」 「言うか!」    アクティブな突っ込みの後、吐かれる盛大な溜め息。ちょっとからかいすぎたかなと反省する。反省はするが、別段後悔はしない。   「で、渡したプリントは?」    少しばかり不機嫌な“ふり”をした調子の声が俺へと向けられる。この程度で気分を害する様な人ではない事を、生徒と教師間でのみ発動する特殊と言うべき観察力と勘で理解していた。   「んな怒んないでよ。ちゃんとここにあるって」    へらっとふざけた風に笑い、脇に避けていた計算式を豊富に配合したプリントを先生の前でペラペラと揺らす。   「一問もやってない……」    鬱陶しげに眉をひそめ、それから渡したままの状態で目の前を踊るプリントが更に先生を不快にさせた様だ。   「だって俺、三角比ダメだもん」 「駄目って言うな。何の為に補習やってんだよ」    いいから置けと机を指すので素直に従う。相変わらず訳の分からない図形と単語と数式が並べられたプリントが、只今の俺にとって最大の敵である。  大体、何で数式なのにsin(サイン)やらcos(コサイン)やら英語が並ぶのだと言いたい。これが普通の英語なら得意だから分かるんだけどね。   「一問目から分からない?」    素直に頷く。  すると先生は眼鏡を押し上げ、問題用紙を覗き込んで問一の内容を確認し、シャーペンで図形を指し示す。   「まず、この三角形ABCについて、tanαを求めるには何が必要か分かるか?」 「センセー、まずtan(タンジェント)が何の事か分かりません」    大抵の教師は、こんな質問に呆れた溜め息を吐いたりする。一体去年は何をやってたんだと説教されたりもする。教師、特に数学担当にはとてもお世話になった俺の経験談だ。    
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