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『X』
「なぁ、戻らないか? 今なら、きっと……」
不意に口をつぐむ。彼女が複雑な表情を浮かべながら、指を交差させていた。
「もう終わったんだよ。戻ることなんてできないの」
言うつもりなんてなかったんだ。五年ぶりに逢った彼女との会話が楽しくて、昔を思い出して、激情が甦って……。
「……そうだよな」
彼女がトイレに立ったので、店員を呼んで料金を払う。あの頃、これができていたらなぁ、なんて思ってみるが、彼女が好きだったのはこれができない俺だった訳だし。彼女の示した拒絶の指が心に痛い。
X。離れた二人は一度交わり、また離れる。永遠に……。交われるのはあの頃の俺とあの頃の彼女だけ。距離はどんどん広がって、知り合う前の距離で止まる。
いつか、忘れるのかな……。嫌なアルファベットだと思った。
「またね」と言ったのは彼女だったが、乗り込んだのは自転車ではなく、車だった。あっという間に見えなくなる。それが妙に切なかった。
俺たちはどうすればYになり得たのだろう?
きっと、どうあっても無理だったに違いない。Xは始めからXで、YもまたYなのだから。
08/2/4
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