第十一章 冥王の覇道

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「十式障壁貫通ミサイルの聖地着弾を確認! 九式以下は沿岸部に落下。敵魔法障壁は十枚と思われます」  マチルダは横目でラムの表情をうかがった。十枚の魔法障壁に対応できる十式障壁貫通ミサイルは九式以下よりもサイズが大きく、発射機に互換性がない。砲門数が限られるので攻撃効率の低下は必至だ。  ラムは顔色一つ変えなかった。 「構わない。魔法障壁の源泉は冥王の魔法力だ。十枚全て破れずとも、敵の魔法力を削ぐには有効と見る。型式にかかわらず撃ち続けろ」 「ベスパ第一〇三から一一〇飛行隊、出撃だ。哨戒飛行中の第一〇二隊と共に索敵範囲を拡大せよ。シークレット海帯に最大限留意」 と、バーリマンが冷静に指示を飛ばす。 「第三艦隊、作戦海域に到着」 「アストラプサトーより第一〇三から一一〇飛行隊、出撃」  戦闘指揮所には指示と報告がひっきりなしに飛び交っている。窓からはバイク型戦闘機ベスパが隊列を組んで飛び立っていく様子が見える。重力魔法の応用で飛行しているため、旅客用の航空機とは違って滑走路を必要としない。脱魔法が進んでいるモリアーティー公国にあっても、軍事方面はまだまだ魔法技術に頼るところが大きい。これまで魔法の力で実現してきたあらゆる事象を、必ずしも全てを科学に置き換えて再現できるわけではないからだ。 「キュムロニンバスより入電。ベスパ第一二〇から一二五隊が出撃準備完了とのこと」  キュムロニンバスは第一艦隊所属、アストラプサトー級軽巡洋艦三番艦である。第一艦隊で最も多くの十式障壁貫通ミサイル用発射機を備えた主力砲台だ。 「別命あるまでそのまま待機。二秒で飛べるようにしておけ」  そう指示を出すラムの視線は、別のモニターに吸い寄せられていた。マチルダもその視線を追う。 「天王山に蜃気楼の塔出現!」  指令室員全員の視線が、あるモニターに固まった。聖地の中心、天王山山頂を映すモニターだ。  孤高の塔がそびえていた。神木イグドラシルは塔の内部に飲み込まれてしまったのだろう、あるはずの大樹がそこにはない。高濃度の冥力が大気に満ちているせいか、映像全体が陽炎のように揺らいで見える。 「ラム卿、天宮より入電。キマロリネス様です」 「繋げ」  ラムは回線が繋がるや、 「キマロリネス様、蜃気楼の塔を確認しました。フェーズ2に移行します」 「こちらでも確認した。が、やはり正確なデータが得られない。塔の詳細な座標を頼む」 「は、直ちに」  ラムは第一艦隊の司令権限をアストラプサトー艦長バーリマンに移譲、空いた艦長ポストに副艦長ムサ・エルハサン士監をスライドさせた。全軍総司令としての職務に専念するためだ。もちろん突発的な権限移譲ではなく、フェーズ2の筋書き通りである。そして自身は神官専用室に消えた。  さて、そろそろ敵が動き出してもおかしくはない。マチルダは部下に、ジョージらカール隊をここへ呼ぶよう指示を出した。近衛隊の職務は大公を守ること。天宮強襲のように、敵が直接司令室に現れる可能性もゼロとは言えない。ジョージが艦に乗っているのは腕っぷしを買われてのことなのだから、きっちり守備の任に就いて働いてもらわねばタダ飯喰らいである。  ……というのは半分は正解だが、残りの半分はさすがにほったらかしが心配になってきたというのが本音である。 「第四艦隊フルクティクルスより、観測機出ました!」 「よし。キュムロニンバス及びエクレールは障壁貫通ミサイルの照準をアストラプサトーに同期」  第一艦隊司令となったバーリマンは淀みない。  障壁貫通ミサイルは本来ミサイル一発が通るだけの穴しか空けられないが、三隻の艦がわずかずつミサイル着弾点をずらすことで障壁の中和範囲を拡張し、観測機と護衛機が通り抜けられるようにするのだ。 「あーあー。こちら、先行中の第三艦隊フリーゲランスじゃ。聞こえとるかの?」  突然の通信はプーゲンだった。 「敵軍の接近を確認。交戦を開始した。飛行タイプのモンスターじゃ。レーダーには映らなかった。気付いた時には目の前だったわい。全軍注意されたし。索敵範囲を広げた方が良い」 「映像出せ!」  モニターに映ったのは砂嵐だった。「何だ、故障か?」とフィネラスが小さく呟いたのが聞こえたのは、この場ではそばに控えるマチルダだけだろう。  ややあって、ようやくその砂嵐一粒一粒が、翼の生えた戦鬼であることを認識した。空を覆いつくすかのごとく蠢く無数の軍勢だ。  静まりかえった戦闘指揮所に、 「天宮強襲に使用された甲冑オークの派生型と思われる。以後、有翼の新型甲冑オークを『空戦型オーク』と呼称する。予定通りフェーズ2を続行するが、空戦型オークはレーダーで捕捉できないため、各艦隊目視による索敵を重視せよ」  総司令ラムの通信が入り、それに即座に呼応してバーリマンはキュムロニンバスから追加の哨戒機群を飛ばした。 「第三艦隊よりベスパ飛行隊全隊が出撃しました」  敵軍が現れた場合の予定通りの流れである。第三艦隊は航空戦力を惜しみなく投入。敵を釘付けにする。その間に、 「障壁貫通ミサイル、撃てッ!」  アストラプサトー、キュムロニンバス、エクレールの三艦から同時にミサイルが発射された。聖地を覆う多重魔法障壁に一瞬だが大穴が空き、その刹那をついて観測機が聖地上空に突入した。 *  いかなる事態が起きようともフィネラスを守るのが近衛隊の役目である。常に最善な警護が行えるよう、近衛隊長マチルダはあらかじめ本作戦の全容を共有されていた。 「グラフィアス第一〇八隊ロスト! 連絡装甲が消失します」  ゆえにマチルダは、洋上に展開する五つもの艦隊がどのような役割を負っているのか理解している、はずだった。 「キュムロニンバスのエネルギーシールド出力低下」  世界最大の軍事力を誇るモリアーティー公国は百年以上公式には戦争を行っていない。ユネハスとの小競り合いはあるにはあったが、返り討ちにあうことが分かっていて攻め入ってくる国はないし、モリアーティーとしても自国より文化も技術も劣る国を取りに行くメリットはないからだ。 「第三艦隊残存戦力、戦闘海域から離脱」  作戦説明では、艦隊名、艦名、飛行隊名が全て番号で表現された。しかしその番号一つ一つに人間の命が乗っていることを本当の意味で理解していたのかと問われると、マチルダは認識の甘さを自覚せずにはいられなかった。数百数千の単位で人命が失われる戦争を、国が長らく経験してこなった一種の弊害でもあるだろう。天宮強襲戦で、命が露と消える様を目の当たりにしたマチルダでさえそうなのだ。 「プーゲン卿は無事第二艦隊に合流なさいました! 第二艦隊、戦線を押し上げています!」  おお、さすがシャカ神官団長! とどこからともなく歓声が上がる。 「聖地魔法障壁密度上昇。障壁貫通ミサイルが通りません。観測機の聖地離脱困難!」  次々と飛び込んでくる報告。マチルダは戦闘指揮所の窓から上空を見上げた。反重力魔導機を搭載するベスパ戦闘機特有の緑の光や、グラフィアス戦闘機が引くアフターバーナーの炎が交差する。魔法の技術が動力機構に残るベスパと異なり、グラフィアスは完全機械動力で飛ぶ最新鋭の大型制空戦闘機だ。 「クロウカシス中破。主砲搭損壊。浸水により速力低下。戦闘継続困難」  クロウカシスは第一艦隊所属の駆逐艦である。大破し撤退した第三艦隊旗艦フリーゲランスの同型艦だ。  聖地に侵入した観測機は、蜃気楼の塔の座標を天宮に送るという役目を立派に果たした。あとは天宮側の準備が整うまで、ひたすら消耗戦である。 「観測機の救出は放棄する。第一艦隊は制空権奪還に全力を注げ」  ラムの指示にも焦りの色を感じる。  まだ若いからなぁラム卿は。  神官とはいえまだ三十三歳だ。マチルダより十以上歳下である。経験が才能に勝るとは限らないが、才能があるからといって経験が不要ということにはならない。  上の焦りは下には増幅して伝わってしまう。こういう時こそ敢然と立ち向かって欲しい。  作戦指揮所内の扉を隔てた向こう、神官専用室に一人いるラム。各艦隊を指揮する神官団と密に連絡を取り合っているはずだが、その双肩にかかる重圧は察するに余る。 「全てはラグナ=レイ次第といった様相か。想定の範囲内ではあるが、ただしワーストケースだ」  険しい顔で呟いたのはフィネラスだ。 「ええ。そうですね」  確かに損害は想定の範囲内だ。洋上に展開している艦隊はその実、助攻である。主攻は軍艦でも戦闘機部隊でもない。  天宮に安置された雷晶石と氷晶石。冥王の肉体を封印したこれら二つの秘宝に宿る膨大な魔法力を、殲滅兵器として撃ち出す魔導ビーム砲ラグナ=レイ。これこそがモリアーティ軍の切り札であり、本作戦の主攻であった。
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