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『バカ』、と、擦れたように囁かれた声色は…砂糖菓子のごとく、甘く。
耳元を悪戯にくすぐる…。
「ま、さやく…」
「…夕映…」
バンッッ!!
「あっれぇ、兄さんの靴発見!
兄さん、いるのー?!」
「「!!」」
盛大に扉が開かれた音についで、何とも騒がしい、聞き慣れた声。
二人の間に流れていた甘酸っぱい空気は帳消しにされ、一気に現実へ引き戻された。
「まさか、エロいことしてるんじゃないでしょーねっ?!
兄さん、まだ夜には早いわよぉぉお…!」
「「ッッ!!」」
みるみるうちに紅潮していく頬の熱を見られまいと、二人は背を向け合って。
…その数秒後、階段を勢い良く駆け上がってきたユカリが、
離れた位置に座っている二人を見るや否や、何ともつまらなさそうに『あれぇ?』と呟いたのは…言うまでもなく。
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あの後、夜ご飯をご馳走になってから帰宅した雅也は、小・中学校のアルバムを引き出していた。
卒業アルバムによくありがちなネタ、『将来の夢』。
昔の自分は、何を思っていたのか…。
「中学は…まともに書いてねェな。
…『暗闇』」
『何も、見えない』
その七文字が、いやに目を引いた。
…母さんに、強い恨みを抱いていた頃…か。
「そう考えると…、
夕映に逢うことがなかったら、自分はどうなってたのかなんて…想像したくもねぇな」
もしかしたら、…俺が母さんを…、って。
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