タイタニック号の謎

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1912年4月10日出航日当日 ホワイトスター社建造「世界一の豪華客船タイタニック号」は、ニューヨークへ向けて処女航海へ出発した。 同年4月14日23時40分 北大西洋の寒風が吹き寄せる中、見張り台には乗務員のフレドリック・フリートとレジナルド・リーがいた、彼らは双眼鏡が積まれていなかった為に、月明かりを頼りに遥か前方を眺めていた。 風は穏やかで、船が上げる水しぶき以外に波もなかった。 その時フレドリック・フリートは、目の前に迫る巨大な影を目撃した瞬間に、警告の鐘に手が伸びていた。 「カーン、カーン、カーン」 そしてすぐにブリッジに連絡を入れた。 連絡を受けたマードック航海士はヒッチェンス操舵手に向かって叫んだ。 「面舵一杯っ!!」 直ぐに全力後退と舵を南へ切った。船首は徐々に反れたが氷山との接触は回避できなかった。 10秒間ほど接触した。 4月15日00時00分 衝突から20分経過した、製造元ハーランド&ウルフ社所属で船の構造に最も詳しいトーマス・アンドリュースが緊迫した面持ちで言った。 「船首付近に出来た傷で同時に6区画に浸水しています、この船は5区画までは耐えられますが、6区画では無理です。この船は沈みます……」 「この不沈の船が沈む……」 誰もが口々につぶやいた。
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