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その後、僕たちは喫茶店を出て、電車に乗った。
陽人の保育園の迎えの時間だった。
僕は一緒に同行することにした。
保育園の門を抜け、玄関へ行くと一人の保育士が立っていた。
「こんにちわー。今日は暑かったですね。」
秋吉が慣れたように挨拶をする。
「本当ね。でも陽人くんは今日も元気でしたよ。…陽人くーん!ママきたよー!」
保育士は園の中に向かって大声で叫んだ。
そして振り返って笑った。
その瞬間、僕と目があった。
僕はどうしていいかわからずに軽く頭を下げた。
中から元気な足音が聞こえてきた。
「ママ!」
陽人だった。
秋吉によく似て、可愛らしい顔立ちをしている。
大きな目と、整った鼻と口。
その大きな目が僕を見た。
「だあれ?」
「ママのお友達だよ。桜井くんっていうの。」
僕はここでも一度頭を下げた。
「ふうん。」
「さっ、帰ろ。」
秋吉は陽人と手をつないで歩き出した。
僕も秋吉の隣を遠慮がちに歩いた。
僕たちが恋人同士なら、陽人の手をとって親子のように歩けばよかった。
ふと、後ろから視線を感じて僕は振り返った。
さっきの保育士と目が合った。
保育士はすぐに目をそらしたが、その目は全てを物語っていた。
『あの男の人は誰かしら。』
心の声が聞こえた気がした。
秋吉はずっと、こんな心の声をどこに行っても聞いてきたんだろう。
「せっかくだから、ご飯一緒にどう?暑いから冷たい素麺でよければ。」
秋吉の明るい誘いに頷いた。
(強いな…。)
僕は改めてそう思った。
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