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陽人が寝た後の部屋に、いつもの空気が流れた。
一つだけ違うのは、テレビの音がいつもより低いことだけ。
秋吉は、ずっとこんな生活をしてるんだろう。
秋吉だけじゃない。
世の中の母子家庭は、毎日が戦闘なんだ。
(すごいな。)
改めて感心する。
ハンバーグもまともに焼けず、子どもを泣きやませることもできない僕が、本当の親だったら、一日で逃げ出しているだろう。
それとも…。
実際に親になったら、何か気持が変わるのだろうか…。
僕は寝ている陽人の顔を見つめた。
長い睫が濡れて光っている。
上に掛けた布団が小さな寝息に合わせて上下している。
小さいけど、同じ人間なんだと実感した。
不思議だった。
僕にもこんな小さい時代があったんだ。
そして、寝ている間はこんなふうに周りが気をつかって、テレビの音を小さくしたりしてたんだろう。
僕は、テーブルの上に置いていた携帯を手に取った。
着信履歴から実家の番号を選んだ。
「…もしもし。」
『もしもし?珍しいわね!どうかしたの?!』
「別に。何となくだよ。」
名乗らないのに、声ですぐ息子だとわかる母親が、偉大に思えた。
普段はうざったい声が妙に温かくて、心の奥に染み渡った。
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