人間。

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編み上げの軍靴の紐を締め上げ、立ち上がる。 濃緑色の軍服に身を包んだ犬神は、腰に巻いた装具ベルトのホルスターから拳銃を抜くと、ボルト(遊底)を引いて装填を確認した。 拳銃の安全装置をかけ、ホルスターに戻す。 安全、という観点から見ればあまり誉められたものではないが、犬神にとってはこれが当たり前の習慣だった。 下駄箱脇にあるスイッチで電気を消すと、家を出た。 勿論見送りなどあろう筈もない。 妻を失った直後はペットを飼ってみようかとも考えたが、止めた。 亡き妻の要望でペットは問題ないマンションに住んではいるが、性分に合わないし、何より長く家を空けることも多い仕事柄、世話が出来ないのは問題だった。 家の鍵をかけ、階段を下り、駐車場の愛車に向かう。 国産の白い大型の四輪駆動車だ。 あまり新しい型ではないが、車に興味のない犬神はこの車に満足していた。 鍵を開け、ドアを開き運転席に乗り込み、ドアを閉める。 シートベルトを締め、エンジンを始動させる。 大きな車体を引っ張る3500ccのエンジンが目覚めると、犬神はさっさとギアをバックに入れ、“職場”へと走り出した。 日本国陸軍第二十一普通科連隊基地。 そこが犬神の“職場”だった。 身分確認を行った守衛の敬礼を背に、基地のゲートをくぐる。 所定の場所に車を停め、車を降りる。 まだ七時を少し回ったところだ。 他の自家用車は数台しか停まっていない。 恐らくこれらも当直の者の車だろう。 基本的に犬神がいつも一番早かった。 基地のドアをくぐり所属する部隊のオフィスへ向かう。 なんて事はない、いつもの日常の始まりだった。 いつもの日常のはずだった。
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