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「――………あ」
こちらを振り返る大家に、びく、と肩が震えた。
大家の前には、鉄のドアが鎮座していた。
青みがかった灰色の、冷たくて硬そうな、ドアが。
響子は少しもたついた動作で大家へと歩み寄ると、軽く頭を下げた。
「えっと…ありがとうございました、わざわざ」
「ひひ。いえ…仕事ですから。
はい、これ、鍵。ひひひ…無くさない様にね」
ぬ、と伸びてきた大家の腕の先の握り拳の中から、ちゃり、と、金属が擦れる様な音がした。
響子がその拳の下に手をやると、大家の握られていた拳が開き、小さな鈴の付いた鍵が落ちてきた。
響子の掌に落ちた瞬間に、ちりん、と可愛らしい音がした。
「…ありがとうございます」
たった今受け取ったそれを握り締めながら、響子はもう1度大家に頭を下げた。
掌の中で、温い鍵がその存在を伝えてくる。
満足そうに頷いた大家は、「じゃ、また」と言うと、踵を返し階段へと向かい――不意に、振り返った。
「ああ、高野さん」
「えっ…あ、はい?何でしょう」
「お話がまだでしたよね…ひひ。このアパートについて」
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