prologue #0.0

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 瞬間、響子の眉が顰められた。 正直に言うと、さっさと大家と別れ、早々に自室に帰りたかったのだ。 長旅であったし、荷物も解かないといけないし…と、言うのは建前で、やはり大家と長らく一緒には居たくなかったのである。  そんな響子の顔の心情を知ってか知らずか、大家はへらへらと薄ら笑いを浮かべながら、再び響子へと歩み寄って来た。二人の距離が、縮まる。 「いや、長い話じゃあないんですよ。ひひ。  その、ほんと、二言三言ですから」 「…はぁ」  じゃり、と音がして、大家の履くゴムのサンダルが、砂を噛む音がした。 乾いた初春の風が、響子の輪郭を撫でる。  生臭い老人の口臭を漂わす大家は口を開けると、 「――このアパートにはね、住人通しの決まりがみっつ。あるんですよ」 人差し指を顔の横辺りに立て、潜めた声でそう囁くと、大家は響子の顔を覗き込んだ。  反射的に響子は身体をのけ反らせ、その結果、身体の後ろに追いやられた腕が、鉄のドアにぶつかった。ごん。小さく鈍い音がして、響子はごくりと唾を飲み込んだ。 意味もなく、その大家の雰囲気に気圧されている様な気がした。  …す、と、大家の人差し指が、響子に向けられる。 「ひとつはね、  ………お互いの家にはあまり干渉しないこと」  す。大家の指が、二本に増える。 「もうひとつは、  …住民達の関係を良好に保つ為に努力すること……ひひ」  す。大家の指が、三本に増える。 「最後の一つは…、  自分でした事の後片付けは、自分ですること…」 「……………!」  言い終えると、大家はにまぁ、と笑って、静かに身体を退いた。 今の今まで覗き込まれていた響子は、眼を丸くして、浅い呼吸を繰り返している。  ただ、単に住民通しの暗黙のルールの様なものを伝えられただけなのに…体温がぐっと下がって居る様な気がした。
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