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「あ、そう。んじゃあ帰りに何か買って来てよ。プリン的なもの」
金は誰が出すんだよ
とツッコミたい気持ちを抑える。
姉貴の気分を損ねると後々厄介な事になるからだ。
中学生の頃、俺が修学旅行を一週間後に控えていた頃の話だ。
当時姉貴は高校生で、今の俺と同じ年頃だった。
その頃はまだ実家に家族と住んでいて、その日の日曜日、俺と姉貴しか家に居なかったのを覚えている。
その日姉貴は、早朝から異性からの
「彼女と別れそうなんだけど、どうしよう…」
という電話で目覚め、
「んなもん知るかバカ」等と女性らしからぬ暴言を吐き、二度目の眠りに就こうとしたものの眠れず、朝から不機嫌だった。
しかもバイトや遊びで外出してくれれば助かるものの、その日は予定がなかったのかずっと家に居た。
俺も前々から両親がこの日は留守だとわかっていたので、たまには親孝行の様な事を。と思い、留守番をすべく予定を空けていた。
その日姉貴は朝からずっとしかめっ面だった。
更に不幸は続いた。
その日に限って間違い電話が3件もあり、その頃流行っていた「オレオレ詐欺」なるものまできた。
極めつけは、早朝の
「彼女と別れそうなんだけど、どうしよう」の彼からの
「流奈、真剣に俺と付き合わない?」と言う間抜けなメールだった。
──かつてない破壊音を聞いた。
振り返った俺の目に映ったのは、機械的な、電話的な何かの残骸らしき物だった。
その機械的な、電話的な何かを理解するのに時間はかからなかった。
携帯電話だ。自分の携帯を自分で折ったのだった。
そして俺が覚えている限りでの姉貴の最後の言葉はこうだ。
「……あたしSに目覚めたかも……」
──そこから先はうろ覚えだ。
気が付いたら自分の部屋のベッドの下で、小さい頃大好きだった為に捨てられず、押し入れの奥にしまってあった熊のぬいぐるみを抱きしめながら、何故か震えていたのを覚えている。
その時、「元からSだったじゃないか」
の言葉が脳裏を駆け抜けていたのは錯覚だったのか。
記憶がほとんど無いにも関わらず“姉”と言う存在は、その頃から俺の中で「絶対」的なものとなった。
「いいけど100円のプリンな」
「100円のプリンなんてたかが知れてるでしょーが。ハーゲンダッツ買って来いよ」
お姉様、ハーゲンダッツはプリンではありません。
そう呆れつつも、俺は家を出た。
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