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私は人間の書物が大好きで、地獄の屋敷に沢山保管してあります――仲間には悪趣味だと言われますが――その中に今回の演目の原作である書物があったのです。
中々好みの話で、何度か読み返しているうちに内容を覚えてしまったため、今から始まる劇は終わりの見える退屈な物でした。
しかしそれは私の話です。マデリンは心の底から笑い、泣き、怯え、感動していました。役者冥利に尽きる客とは、このような客の事を言うのでしょう。
そして幕が降り、上がり、役者達の挨拶が終わり、再び幕が降りた時、マデリンは目尻の涙を指先で拭っていました。
「わたくし……本当に嬉しい。有り難う、有り難う、クロノ……」
「……勿体ないお言葉」
その時私は、まるで演技を終えた役者の様に、一礼してみせました。
※
日が暮れて月が見えるようになると、私の呪術は効果を失いました。
少し疲れたようなマデリンは、部屋に二つあるひじ掛け椅子の一つにもたれるように座っていました。
「如何でしたか」
私はマデリンに問いました。
「楽しかったわ。とても」
マデリンは微笑みながら答えました。
「それはよかった」
「うふふ」
「早速ですが……魂をかけた契約はどうなさいますか?」
「……」
暫く黙った後、マデリンは答えました。
「しませんわ」
「……何故?今日はとても楽しかった筈でしょう」
私には理解が出来ませんでした。
「ええ。楽しかったわ。でも、今日一日だから楽しかったのだと思うの」
マデリンの笑顔は、酷く寂し気でした。
「これが毎日続いたら、きっとわたくしはこの楽しさに慣れてしまう。いつか、太陽がうっとおしいと思うようになってしまう。それではあんまりだわ。感謝の気持ちを忘れることは、恐ろしい事だから」
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