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マデリンの返事は、私にとって少々意外なものでした。
「おや、良いのですか?」
「ええ、地獄は恐ろしい所なんでしょう?」
マデリンは怯えたように言いました。
「そうですね。岩肌に囲まれ、硫黄の臭いが立ち込め、陽光は届かず、罪人の苦悶の声が響き、住民は醜い。大体、人間の想像する通りですよ」
勿論、悪魔の位によって環境は変わるのですが、人間が踏み入れる事の出来る範囲では、貴方達が想像する通りなのです。
次にマデリンは……私に、こう言いました。
「でもクロノ、あなたは綺麗だわ」
私の姿を見た者は、大体が『綺麗だ』『美しい』と褒めます。まあ、そうでしょう。この白磁の肌も、闇色の髪も瞳も、貴方達が憧れる物かもしれません。
しかし、私はそう褒められても全く嬉しくないのです。この姿は偽り。変化が得意な私の、仮の姿。この白い肌の下に何が隠されているか等分かりもしないのに、褒めて頂きたく等無いのです。
「そうですか」
ですから私の返事は、僅かに不機嫌さを醸した物になりました。
「ええ、特にその白い美しい肌は、フランス中の女性が憧れるわ」
私の正体を知らないマデリンは言いました。
「それにしてもクロノ……頭のそれは何?角?」
ご覧の通り私の頭には、二対の長細い、黒い物がございますでしょう。
マデリンはこれの事を角と言ったのです。
「これは、耳です」
「……みみ」
私の耳は頭にあるのです。人間の耳があるべき場所は、つるりとして何もありません。
これは、あまり思い出したくない事なのですが……
「はい。私の耳です。くれぐれも、引っ張らないように」
「へえ」
マデリンは私の話を聞いていなかったらしく、即座に私の右耳を引っ張ったのです。それも、全力で!
「ぁあっ!!」
私は思わず上擦った声をあげました。恥ずべき事です。
「止めてください!!敏感なんですから!!!」
「ごめんなさい、禁止されるとやりたくなって……」
マデリンは花が咲いたように笑いました。
嗚呼、どうも、私はこの笑顔に弱いようなのです!
「もうしないわ。面白かったけれどね」
「面白がらないでください!」
その時はまだ、平和だったのです。
……あの事件が起こるまでは。
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