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現在ではどうか知りませんが、当時の女性はピアノの教養があるのが一般的でした。
マデリンもご多分に洩れず、ピアノを習っていました。
体の弱い彼女は迫力ある演奏はとても出来ませんでしたが、繊細で、同い年の他のどの少女よりも大人らしい魅力を持った音を出しました。
正直私は、マデリンのピアノが好きだったのです。
彼女の悲しい旋律は、どんなピアニストの演奏よりも、私の耳に耽美に響いたのです。
マデリンのピアノの師は、三十路の男でした。
私は直ぐ傍でレッスンを見ていたのですが、不意に男がマデリンに触れたのです。
マデリンは即座にその手を払いました。
「無断でレディに触れないで欲しくてよ」
男は曖昧な笑みを浮かべていました。
その日はそれで終わりでした。
ですが数日後、男は過ちを犯したのです。
そして私も……ある意味過ちを犯したと言えるでしょう。
マデリンの部屋に入り、メイドが部屋から遠ざかるなり、男は直ぐにマデリンの口を塞ぎました。
「ん、んー!」
「好きだったんだ、ずっと、ずっと……」
男の指がマデリンのドレスにかかったとき、私は動いていました。
私は姿を現し、男のドレスに触れていた方の手首を、私は掴みました。
突如現れた私に驚いたのでしょう。男はマデリンから手を離しました。
「な、何者!」
「私の目を見なさい」
男と目を合わせた瞬間、男の目から生気が消えました。
私が、魂を抜き取ったのです。
酷く取り乱していたマデリンは漸く落ち着いたらしく、
「有り難う、クロノ。あなたはわたくしを守ってくれたわ」
本来なら、私にとってマデリンの純潔などどうでもよいことでした。
ですので私の中でも、何故こんな事をしたのか全く分かっていないのです。
実を言えば、今でも分からないままです。
話を戻しましょう。
とにかくレッスンは無しになり、男は今で言う心臓発作で倒れたことにしました。
しかし、この事件で、悲劇は幕を開けたのです。
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