その時、海と雪になる

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  「ばっかやろ──ッ!!」   サヤカ  紗耶香は、目の前に広がる海に向かって叫んだ。 この漁業の町では、海なんて至る所にゴロゴロある。 しかし、こんな青春マンガを実演している人は、そうはいない。 「あーあ!と。本当バカみたい」  紗耶香は、港のコンクリートに寝転ぶ。 硬くて冷たい。最悪だ。今の私の気分みたい。 紗耶香は虚しくなった。  何故、私はこんな事をしているのだろう? バカなのは自分ではないか。 紗耶香は、目に浮かぶ涙を袖で拭った。 「あんな二股男のために、泣くなんてアホらしいわ」 「そりゃアホらしい」 端正な顔立ちの男性が、紗耶香を上から覗き込んで言う。 「ぎゃあっ!」 紗耶香は飛び起きた。 「あははは。すごい顔」 男は腹を抱えて、げらげらと笑っている。 年はおそらく、三十代前半程度だろう。  紗耶香は腹が立って、ツン!と顔を背けた。 「ほっといてよ。私に構わないで」 「まあまあ。可哀想な者同士、仲良くしようよ」 「はぁ!?誰が可哀想?あんた失礼よ」 紗耶香は身を乗り出して、憤慨する。 男は微笑んだまま、何も言わない。  な、何か調子狂うな……。 紗耶香は何だか気まずくなって、男性に話しかけた。 「あっ、あんたも何かあったの?」 「え?僕?」 「そ、そう。貴方も可哀想なんでしょう?」 「僕はねー……」  男は、海の向こう側を見つめて話す。 そして人差し指を前に伸ばすと、小さく言った。 「僕の恋人ね……。海に飛び込んで、死んだんだ」 紗耶香は、目を見張った。 「え……?」 「もう五年になるかな。ノイローゼになってね。僕は何もできずに、彼女を見送った」 「………っ…」  そんな……。 紗耶香は、何も言えずに固まってしまう。  「……辛かった?」 ようやくそれだけ言えた。  紗耶香の問いに、男は切なく笑った。 「……苦しかった」 「……っ…」 紗耶香は思わず、彼を抱きしめる。 彼はその手を降り払わずに、黙って身を任せた。 「悲しいね」 「うん……」 「頑張ろうね」 「……うん、君も」 「うん……頑張る」 涙が止まらなくて、後から後から頬を濡らした。  雪がしんしんと、漁業の町に降り注ぐ。  
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