第一章

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   彼女について説明しようとしたところで、記憶に違和感を感じた。  ほんの一瞬前まで覚えていた顔が思い出せない。そればかりか、記憶から抜け落ちていくことへの、その違和感は調和をとるように薄らいでいく。  ああ、こんなに突然やってくるものなんだ――。  わたしは理解していた。  つまり、これが世界との繋がりを持たないということだ。  自分のことでもあるのだけど、こんなものなのか、存在を見失う感覚は。始めての感覚だった。  目の前の少女は返事のないわたしを訝しみ、わたしの裾をくいくいと引っ張る。 「うん、ごめん。ちょっと、ぼーっとしてた」 「そっか」  目をぱちくりしつつ、少女は頷く。 「具合、大丈夫なの?」  いったん話が途切れたのを機に話題を変える。  病人のわりには意外とよく喋る少女を気遣うつもりで、わたしは訊ねた。  少女はポニーテールを揺らして頷く。その髪先の動きの反復がまるでバロメーターのようにも見えた。 「休憩してたら楽になったかな。ありがとう」 「えっ?」  お礼を言われるようなことをした覚えは何一つない。  しかし、少女は遅咲きの春花のような慎ましやかな笑みを浮かべて繰り返す。 「隣に座ってくれたじゃない。気が紛れたし、近くに人がいてくれるだけで、安心出来るもの」  そういうものなのだろうか。わたしにはよくわからない感覚だった。単にその感覚を忘れているだけかもしれないけど。  わたしは滅多に風邪もひかない健康少女だからね。 「せっかくだから、もう少しお付き合いいいかな?」  先ほどよりは僅かに血色の良くなった顔で、少女はわたしの顔をのぞき込む。  わたしとしてはここに留まる理由はないのだけれど、どこか行くアテがあるかと言えば、今はない。  袖振りあうも多生の縁という。世界から切り離されたわたしが“縁”なんて言葉を使うのは滑稽な話かもしれないが、まあ座って話すくらいは悪くないのかもしれない。  わたしは軽く頷いて了承した。 「まず、あなたの名前は?」  のっけから、わたし達の関係上最も必要のない質問が飛んできた。どうせ、一時の“縁”だと言うのに。  とは言っても答えないのも変だし、わざわざ偽名を考えるのも面倒くさい。わたしは素直に答えた。 「耶螺瀬」 「耶螺瀬……耶螺瀬。えーと、苗字?」  確認するように反芻してから、少女は訊ねた。 「うん。あなたは?」 「七菜。袢羽田七菜」  
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