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何の変化も無い毎日。
いつでも見られる良く晴れた午後。
いつもと変わらぬ街の喧騒。
田舎でもなく、さりとて都会でもない。中途半端なこの街。
その中で、好きなように時間を過ごし、好きなことをする。
特に変わったことは起こるでもなく。いや、それだからこそ麻弥はこの毎日を気に入っていた。
何の変化も無い――はずだった。
麻弥はいつもと変わりなく、街の中心部にあるアーケードをぶらついていた。
昼を過ぎたアーケードは、それなりに人が行き来している。
誰も麻弥を気に止めず、そして麻弥も。
行き交う人々はアーケードの両脇に並ぶ店と同じ。
つまりは舞台のセットと同じような感覚でしかない。
それなのに麻弥は、ある人物に目を留めた。
アーケードの端に、小さいが小洒落た雰囲気の喫茶店がある。
その壁の下に腰を下ろしている男が一人。
いや、その男を前にして、目に留まらないわけがなかった。そのへんを歩いている通りすがりたちとは、明らかに一線を画していたのである。
背を壁に預け、片膝を立てて地面に座るその男。
少し伸ばしっ放しのぼさぼさ頭はうつむいており、顔は翳っている。
数メートル離れた位置に立っている麻弥からは、うかがい知ることはできない。
男の前には蓋の開いた木箱が置かれているようだ。
濃紺の着流しに、足元は出で立ちにふさわしい草履履き。
着流しの上には黒い羽織を纏っており、その両襟の中ほどには達筆かつ情緒あふれる白文字が記されている。
時代劇や何かで見かける商人風の格好、というのだろうか。
――なんというか、時代錯誤だ。
麻弥の中でせめぎ合っていた警戒心と好奇心だったが、“それ”を見たとたん好奇心が一気に優勢になり警戒心を心の隅に追いやった。
男の羽織に銘打たれた白い文字は、“夢屋”と書かれていたのだ。
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