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麻弥は小さな頃から“夢”という言葉が、響きが、それに込められた果てない希望と力に憧れを抱いていたのだ。
それは十七歳になった今も変わらない。
男の羽織に記された“夢屋”の文字は、麻弥を惹きつけるのに十分な力を持っていた。
そうっと、男の方へと近づいていく。
男のすぐ目の前まで近づいても、一向に顔を上げる気配はない。
眠っているのだろうか。
袖を通さず肩にかけた羽織の中で組んだ腕。その左手には、黒い刺青が施されていた。
手首に巻きついた蔦が緩やかな曲線を描き、手の甲へと伸びていく。巻き上がった蔦の中腹には、動物のシルエットが彫られている。
その形、うろ覚えではあるが、獏という動物ではないだろうか。
あたりは静まり返っていた。
消えている。
往来するアーケード内の通行人も、アーケードの外を走る車も。
そこには麻弥と、目の前にいる男しか存在しなくなっていた。
麻弥は男の正面にしゃがみこんだ。
と、スニーカーの先に、コツリという感触と音が伝わる。
反射的に下を向くと、木製の木箱につま先が接触していた。
その木箱もまた赴きあるつくりをしている。
千両箱のように四隅を黒い金属で補強されていた。
ちょうど箱を水平に二分する位置にある鍵は開けられ、蓋と本体を繋ぐ蝶番は全開になっている。
箱は、麻弥を待ち受けていたかのように、ぱっくりと口を開けて内部を晒していたのである。
箱の中に整然と収められた透明な小瓶。
それがぴったりと収まるように碁盤目に仕切られ、そこにはひとつの空席もなかった。
ちら、と麻弥は男に視線を戻した。
依然変わらぬままの様子に、麻弥は小瓶に手を伸ばす。
頭をそっとつまみ、静かに引き出した。
姿を現した小瓶は、麻弥の手に隠れてしまうほどの大きさだった。
瓶の口は油紙で包まれ、さらにその上から紙帯を一文字に貼り付けて封をしてある。
瓶に貼られた和紙のラベルには、綺麗な筆文字でこう書かれている。
飛翔の空 大石陽子
ラベルの奥、瓶の中に詰まっているのはその名にふさわしい空色の液体だった。
とてもよく晴れた日の深い空色をしているのに、瓶の奥が透けて見えるほど澄んでいる。
アロマオイルか何かだろうか。
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