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「そいつが気に入ったのかい?」
「――!!」
突然の声に驚き、麻弥は思わず立ち上がった。
拍子に、麻弥の手は小瓶を取り落としてしまう。
小瓶はアスファルトにぶつかり、陽の光を照り返しながら跳ね上がる。
衝撃で開いてしまった封と蓋の隙間から空色の雫が零れ出す。
麻弥がしまった、と思う合間に、男は素早い動作で起き上がり右手を伸ばした。瓶を掴み取るや否や、宙を舞う雫を瓶の口で掬い取っていく。
その人間離れした動作は、麻弥の眼には入らなかった。
雫のひとつが麻弥の手に当たったとたん麻弥に異変が起こったのだ。
体が、落下する。
無重力下に置かれたときの、内蔵の浮き上がる感覚。
はるか眼下に見える大地。
ぎゅっと眼を閉じ、悲鳴を上げる寸前。
落下の感覚は消え、気流が体にそって流れていく。
怖々と眼を開けると、徐々に迫っていたはずの大地は、高度を保ったまま足元へと流れている。
麻弥は、空を翔んでいた。
鳥のように両手を広げ、輝く太陽を背に流れる雲間を縫い、翔んでいる。
恐怖は消え、気分は高揚し、麻弥の顔には自然と笑顔がこぼれていた。
背中に何かがぶつかる感触と共に、麻弥を包んでいたものは消え去った。
代わりに目の前にあるのは、時代錯誤男の顔だった。
麻弥はその男を見上げる状態にあり、背中に当たっているのは男の腕。
あろう事か、麻弥はその男に抱きかかえられる形で支えられていたのである。
「やだっ、触らないでよ!」
麻弥は自分に起きている事態に混乱しながら、とりあえず男の腕を振り払った。
男は麻弥の様子に驚くでもなく、もう片方の手に握っていた小瓶の封を直しながら言った。
「倒れそうになったところを支えてやった恩人に、その言い草はねぇだろう? しかも人様の商売道具を地面に落として…… あーあ。ちいと量が減っちまった」
麻弥はバツの悪さに言葉を詰まらせた。
飄々と、どこか人を食ったような雰囲気のその男は、二十代後半なのだろうか。
無精ひげを生やし、若いのか老けているのか麻弥には判断がつきかねた。
男は怒った様子もなく、小瓶を陽に透かして揺らしている。
さっきのあの感覚。
幻……? どちらにせよ、あの小瓶の中身が原因なのだと、麻弥は直感した。
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