夢屋

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 夢屋は片眉を上げて麻弥を見返した。  それからひとつ煙を吐き出す。  煙管を持っていない左手で、木箱の中から瓶をひとつ取り上げた。 「お前さんには、こっちだ」  彼の左手に握られた小瓶を、麻弥は受け取る。  夢屋の手から小瓶が離れた刹那、それは代りに麻弥の手首を掴んだ。  とっさに麻弥は夢屋の手を振りほどこうとしたが、男の力で掴まれた手首はびくともしない。  小瓶を握る手のひらが緊張で汗ばんでくる。 「やっ――何するの!? ひっ人を呼ぶわよ!」 「周りに人なんざ居やしねぇだろ? それに、そんなことをしても無駄だって事ぁ、お前さんだってよぉくわかってんじゃあねぇのかい?」 「な……何言って――」 「知ってるかい? 獏って動物は、夢を喰らうんだぜ」  麻弥を見据え、夢屋はにやりと笑う。  獏――反射的に、夢屋の左手に掘られた刺青に視線を落とした。  そんなことがあっていいものだろうか。  夢屋の手の甲に掘られた獏と蔦の刺青。  その獏の口元からするりと蔦が伸び始める。  それは男の人差し指へ絡みつき、次第に麻弥へと近づいてくるのだ。 「――!」  息を呑む麻弥に、夢屋の悠然たる声が響く。 「弁償なんざ必要ねぇさ。お前さんの夢さえいただけたらな」  掴まれた右腕を振りほどこうともがきながら、麻弥は手中にある小瓶を見た。  透明な、中には何もない空の小瓶。  それに貼られた和紙に筆文字のラベルには、こう記されていた。  自由意志の街   渡部麻弥 「やっ……嫌あぁっ!! 放して!」  麻弥の悲痛な叫びは、無人の街に響き渡る。  刺青の蔦は夢屋の指先に達した。  麻弥の手首に触れるまで、あとほんのわずか。  たまらず麻弥はぎゅっと眼を閉じた。  麻弥は、静寂と闇に包まれた。  
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