夢屋

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 夢屋の身体は、白い尖塔に垂直に貫かれていただろう。  あと一瞬、気付くのが遅かったなら。  身をひねってそれをかわした夢屋は木箱を小脇に抱え、正面から麻弥と対峙した。  彼の顔からは笑みは消え、真摯な瞳が麻弥に向けられている。 「お前さんの持つ夢の力は強すぎる。このまま夢に囚われ続けていたら、待つのは破滅だ」 「どうしようとあたしの勝手でしょ!」  麻弥が握り締めた右手を横に薙ぐ。  同時に夢屋の足元からアスファルトと土が混在するものが勢い良くせり上がった。  高波のごとく夢屋を呑み込もうとするそれを跳んでかわし、波の上に着地する。  間髪入れずに頭上からアーケードの一部が振り子のように迫りくる。  身をかがめた夢屋の髪を、巨大な鉄の塊が掠めていく。 「うおっ、危ねぇ!」 「ここには自分本位の母親もうわべだけの友達もわずらわしい学校も何もかも……あたしの嫌いなものは何一つ無い。あんたさえいなければ――!」  そう叫ぶ麻弥の周囲には、地面や鉄筋が集結し、徐々に壁をつくり始めていた。  この街は彼女の夢に形作られた世界――麻弥の精神がそのまま反映されるのだ。  麻弥にとって不必要なものはすべて排除され、必要なものだけが存在する。  彼女が何かに集中すれば、それを邪魔する雑踏や雑音は消える。  そして今、麻弥の夢を奪おうとする夢屋を排除すべく街は攻撃を始め、彼女自身を守るべく防壁を築き始めている。  あれが完成してしまうと、そこから彼女を引きずり出すのは容易ではない。 「ったく。手のかかる嬢ちゃんだぜ……」  ぼそりとつぶやき、夢屋は原型を留めていない激しく起伏した地面を蹴った。  天井から斜めに下がるアーケードの骨組みに飛び移る。  そこから麻弥の頭上付近に駆け寄る、はずだった。  骨組みはぐにゃりと変形し、足を取られた夢屋は横に倒れこむ。 「しまった――!」  麻弥の“世界”への適応速度は、夢屋の予想を超えていたのだ。  彼の身体は鉄筋だった触手に絡め取られた。  木箱は夢屋の手を離れ、地面へと落下する。  触手、という表現どおりの柔軟さを持ちながらも鉄の硬さを保つそれが、夢屋の身体を持ち上げ、地面へ叩きつけた。  
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