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「おはよう……待っていたよ。早苗さん」
開口一番はいつもと変わらず挨拶をする栄四郎、車を降りて来たのは《成宮 早苗》と言う名の栄四郎の再婚相手だった。
隣に居るのは《成宮 奈津》大学の二年生である。見た目は清楚で明るくて、まさにお嬢様と言う名に相応しい女性だった。
「えぇ、少し遅くなってすいません、栄四郎さん。渋滞していたので約束の時間に遅れてしまいました……息子さんは?」
栄四郎は首を横に振り……。
「もう学校へ行ってしまったよ。この時間帯まで残っていたのも遅いから、先程バイクで学校に……」
(……………あの子だ!?)
奈津は知っている。
先程、目が合った青年。
ゴーグルの中でも分かるような純粋な瞳、整った顔立ち、それは奈津の頭の中に鮮明な記憶となって残っている。
「そうですか……とにかく説明をしなければ妙な誤解をしてしまうかも知れませんが……」
「その点に関しては心配ありませんよ。春日はどんな事も理解してくれる柔軟な子だから……」
(ふ~ん……さっきの子、春日って名前なんだぁ)
それは自信を持って言える事だった。
全てを受け入れてしまう性格、それが遠野 春日の性格である。
「そうなんですか。それで栄四郎さん、今日は?」
「はい。これから仕事に行かなければならないんです。帰ってくるのは一ヶ月程、先かと……」
栄四郎は申し訳なさそうに言葉を切る。子供と離れるのがどれだけ辛いかを知っているからだった。
「そうなんですか……私もこれからアメリカへ出張に行かなければならないんです」
二人の視線は奈津へと向けられる。奈津はそれに笑顔を返し……。
「大丈夫ですよ。奈津なら弟君とも上手く接していくし、食事や掃除なども出来ますから!?」
断言したのが二人を安心させたのか二人にも笑顔が零れる。
「本当に悪いね、奈津君。私達も早目に仕事を済ませて戻ってくるから……」
「奈津の事は大丈夫ですよ。それでも二人は怪我に注意してくださいね」
これで役作りは完了。
内に秘めた欲望を発揮するのは春日が帰って来た時、それを今か今かと待ち続けるスリルが堪らなく楽しいのだ。
一方、バイクで学校へ走っている春日は先程、すれ違った女性の瞳を見た事で妙な寒気を感じていた。
一瞬だけだったが、獲物を狩るような攻撃的な視線、それは春日の獣の感覚が反応した。
年齢は少しだけ上、近くに住んでいるなら注意しなければと春日は自分に念を押した。
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