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すると、カナヘビは水瓶の縁から中へ滑り落ちた。ドボンという音と同時に水しぶきがハンミョウにかかってきた。
「いやあ、びっくりした。ははは。」
ずぶ濡れになったカナヘビが照れ笑いを浮かべながら這い上がってきた。
(ドジな奴だな。案外、楽かもな。)
ハンミョウは体にかかった水しぶきをぬぐいながらそう思った。と、同時にさっきまであんなに苛立っていた自分が、水をかぶるという被害を受けながらもカナヘビの照れ笑いにつられて笑顔になっていることに気がついた。
(参った。拍子抜けだな。)
ハンミョウはカナヘビのいる水瓶の縁までよじ登っていった。さっきの水しぶきで、だいぶ登りづらくなっていた。あと一息というところで水滴に脚をかけてしまい滑ってバランスを崩した。しかし、カナヘビがすっと差し出した尻尾になんとかつかまった。カナヘビはしっかりとつかまっているハンミョウを確認すると、勢いをつけて引き上げた。ハンミョウはカナヘビのすぐ隣にきれいにおさまった。ハンミョウからすればこの位置関係は確実に喰われる距離である。だが、ハンミョウは不思議と恐怖を感じなかった。
「あの、ありがとう。」
ハンミョウはカナヘビを見上げてそう言った。カナヘビはゆっくりとハンミョウの方に顔を向けた。
「いやいや、君には前に世話になったからね。僕のこと覚えているかい?」
やっぱりあのカナヘビだった。餌であるはずの昆虫と友達になりたがっている、あの変わり者のカナヘビだ。覚えていてくれたのはハンミョウにとっては都合が良かった。「仲良くなって油断させる」という第一段階が達成できたも同然だからだ。ハンミョウはここぞとばかりに、
「もちろん覚えているさ。君の情報は今でもとっても役にたっているんだ。あの時は俺の方が世話になったようなもんだよ。」
と、まずはカナヘビをおだてることにした。カナヘビは単純な性格らしく、顔を赤らめて首を振りながら、
「いやいや、そんなことはないよ。僕はその場所は知っていても行き方が分からなかったから、僕には宝の持ち腐れだったのさ。役に立ててよかったよ。」
そう言ったカナヘビだったが、そうだ忘れていた、という顔をしてハンミョウを見た。そして、表情を曇らせて思い詰めたようにこう言った。
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