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「道教え」で案内することには慣れているハンミョウだが、案内されることは初めてといってよいくらいのことである。ハンミョウは振り向きもせずにさっさと前を行くカナヘビに、何とかついて行った。夏の日差しをものともせずに夏草の下を、花咲くカツラの木の上を、避けようともせずにカナヘビは進んでいった。
その途中、アリの行列を見たカナヘビは、小さく頑張れと声をかけたりもした。アリ達はいつものことなのか、驚いた様子もなく軽く会釈をした。不思議そうな顔をするハンミョウと目が合うと、急に表情を変えて、そそくさと仕事に戻った。その後もカナヘビは出会う昆虫達に軽く一言二言声をかけ続けた。あまり反応は無かったが、それでも露骨にいやな顔をする者はいなかった。そして、とうとう高い壁の前まで来た。
「ここは行き止まりだよ。」
困惑気味にハンミョウが言うと、カナヘビは軽く目配せをしてその壁を登りはじめた。
ハンミョウはこの壁の向こう側に行ったことがない。「道教え」なのだから、まんべんなく地理に明るくなくてはならないのだが、この壁の向こう側は行く必要の無い場所、いや、行ってはいけない場所として「道教え」になった時に教えられていた。
そう、人間の住む場所である。
いろいろな危険な動物や昆虫が居るが、最も危険な者は人間である。これは野生生物共通の認識である。にもかかわらず、カナヘビはその壁を今越えようとしていた。
「ちょっと、この壁の向こうは・・・」
その声にカナヘビはゆっくり振り向いた。
「人間の住む場所だろ。知ってるよ。だから安全なんだよ。君のように他の昆虫や動物は怖がって壁を越えたりはしないだろう。人間だっていつも居るわけじゃないんだ。」
そして、ニコッと笑って「あれだよ。」と、いうように下の方を指さした。ハンミョウは誘われるがまま急いで壁をよじ登ると、その指の先に目をやった。
「うわー。すごい。」
そこは夏野菜が唸るほど実っている畑だった。カナヘビはスルスルと壁を下りて、慣れた手つきで手頃な野菜を見つけると、ガブリと噛みついた。カナヘビはうまそうにジュルジュルと音を立てながら、あっという間に一つを平らげた。
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