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ハンミョウもカナヘビに促されて、キョロキョロと警戒しながら畑に下りるとカナヘビから差し出された野菜を一口一口、慎重に食べ始めた。ハンミョウはカナヘビと目が合うとにこりと笑みを浮かべて、競うように平らげてみせた。二匹は顔を見合わせて大声で笑った。
「こんな場所だなんて知らなかったよ。」
ハンミョウはその笑顔を引きずったまま、カナヘビを見て言った。
「いい所だろう。でも、一日に二度は人間が来るから気をつけないといけないんだ。」
「気をつけないと」と口では言っているがその表情からはそんな緊張感は一つも伝わって来なかった。出会った時からハンミョウが感じているカナヘビ独特の雰囲気がそうさせているのか、今がその時間ではないからなのか、おそらくはその両方だろう。しかし、どちらにしてもハンミョウがこの時、カナヘビを罠にはめることなどすっかり忘れていたのは確かだった。それどころか、このおかしなカナヘビにますます興味が沸いてきた。
「この場所は君へのお礼だ。あの時、僕は君に命を救われた。」
カナヘビは表情を少し落ち着かせて、そう言った。
「いや、お礼とかそういうのは・・・仕事だからね。」
ハンミョウは正直、返答に困った。今でも「道教え」を全うに勤めているのであれば困ることなど無いのだろうが、真剣な顔で礼を言われるような仕事を今はしていないのだ。しかし、カナヘビはこう続けた。
「君が何と思おうとも、僕は友達だと思っている。だから、この場所は君も自由に使っていいよ。ただし、あの柿の木のてっぺんの枝に太陽が重なった時と、向こうの青い屋根に太陽が重なった時は人間が来るから気をつけてね。」
カナヘビは東側にある柿の木と、西側にある屋根を指さしてハンミョウに説明した。それは朝と夕方に人間が畑に来ることを、より正確にハンミョウに伝えたのだった。
二匹は夕方の、人間が畑に来るその時までその場所でいろいろなことを話し合った。太陽はカナヘビの言った通り、青い屋根に重なっていた。
二匹は人間の目がこちらを向かないうちに壁を越えると、明日もあの水瓶の場所で待ち合わせることにして別れた。
その日、ハンミョウは幸せな気分を久しぶりに味わった。
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