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「違うよ。君のきれいな体に比べて、僕の体は何て醜いんだろう、てことだよ。」
納得したのか、ハンミョウはフンと鼻で答えるとまた視線を水瓶の中に落とした。会話がとぎれそうになったが、カナヘビは意を決して話を続けた。それはカナヘビにとってはただ単に会話をつなげるためだけの話ではなかった。誰かに聞いてほしくてずっと話す機会を伺っていた話だった。
「僕は醜いんだ。見た目だけじゃなくて、心まで醜いんだ。・・・僕が虫を食べないのには理由があるんだ。」
ハンミョウは思わずカナヘビの顔をのぞき込んだ。それはハンミョウがいつか聞こうと思っていたことでもあった。今までいろいろお互いのことを話し合ったが、ついにその話は出なかったのである。ハンミョウは表情を一変させてカナヘビの話を聞いた。
「僕は君に出会う前に一度、死にかけたことがあるんだ。救ってくれたのは僕の母親だ。」
カナヘビは静かに、そして、力強く話し出した。
母親と暮らしていたねぐらが大雨で壊されてしまったこと。ついには流されて見たこともない場所で孤立してしまったこと。そして、食べるものがなくなってしまったこと。カナヘビは涙をすすりながら話した。
「飢えは動物を狂わせる。いろいろな幻覚が見えてきて、自分というものを保つのがやっとだった。自分以外を気にする余裕なんてなくなてしまうんだ。それなのに、母さんは僕の為に、僕の為に・・・。」
カナヘビはついに号泣してしまった。ハンミョウはよく理解できないまま無言でカナヘビをなだめた。カナヘビはしばらく言葉にならないほど嗚咽していたが、ハンミョウにありがとうと一言言うと大きく深呼吸をして話を続けた。
「僕は母さんを食べたんだ。」
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