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次の日、ハンミョウは水瓶の場所でカナヘビを待っていた。不安な気持ちでいっぱいだった。前の日、ハンミョウが遅れたように、カナヘビは日が高くなっても一向に姿を現さないのである。ハンミョウは水瓶の上を行ったり来たりしながら、時には考え事がすぎて脚を滑らせて、水瓶に落ちたりしながら、ずっとカナヘビを待っていた。待っている間、カナヘビはこんなにも不安だったのかと、前の日に自分が遅れてきたことを反省したりもした。しかし、一番ハンミョウの胸の内にあるのはカナヘビが別れ際に言った言葉であった。
「何を思いだして、どこに出かけたんだろう?」
ハンミョウはぶつぶつと念仏でも唱えるようにして、水瓶の縁をぐるぐる回り続けた。水瓶の上は夏の熱気で向こう側がゆらめいて見えるほどであったが、ハンミョウは下を向いたまま何度も何度も回り続けていた。その上をオニヤンマが飛び、クロアゲハが飛び、キイロスズメバチが飛んで行っても、ハンミョウは少しも気にしなかった。ただ、水瓶の上から、いつ来るか分からないカナヘビを、どこから来ても分かるようにぐるぐる回りながら待っていた。しかし、なかなかやって来なかった。その内、うるさいほどのミンミンゼミの声はいつしかヒグラシの声に替わっていた。夏の日は人間が畑に来るのを知らせる、青い屋根にかかろうとしていた。
遠くに黒い陰が見えたのはその時であった。
最初は小さな一点だったが、次第に大きくなり、姿形がはっきりと分かってきた。カナヘビであった。しかし、カナヘビに間違いないのだが、いつもとは様子が違った。体は泥と埃に汚れ、何をしたのか傷だらけだった。足取りは、頼りなくヨロヨロとして、それでも懸命に前に進んでいた。そして、やっと水瓶の前までたどり着いた。ハンミョウは飛び降りると急いでカナヘビに近づいた。そして、無言で背中に背負うと、ゆっくりと水瓶の上へとよじ登って行った。カナヘビはフラフラになりながらも意識も体力もまだあるらしく、自分でも前後の脚を使って背負っているハンミョウの負担を軽くした。上まで上がりきると、カナヘビは水瓶の中に倒れ込んだ。ドッボンという、大きな音とともに凄まじい水しぶきが辺り一面を濡らした。ハンミョウはかかった水しぶきに構いもせずに身を乗り出して水瓶の中をのぞき込んだ。カナヘビはまだ上がって来なかった。ハンミョウは驚いて大声でカナヘビを呼んだ。
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