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春。
穏やかな天気とは裏腹に、城内はとても賑やかだった。終わる事のない喧騒に背を押され第三王妃が見送りの支度を整え終わった頃、与えられた絵本を読み終わったのか、自室から娘が出て来た。
「母様、三の姉様はどこへ行くの?」
その日はちょうど、蓮国国王と第二王妃の長女として生まれた三の姫が、遠国の王の下へ嫁ぐ日。
幼い娘は城内の陽気な雰囲気を不思議に思ったのだろう、そう思い、第三王妃は愛しい娘に微笑みかけた。
「三の姫様は、遠い国の王様のお后様になるのよ」
「三の姉様は海を渡るの?」
「ええ。大きな船に乗っていくのよ」
「駄目!!!」
唐突な叫びに第三王妃は瞳を見開いた。娘は大きな真紅の瞳に憤りを抱え、じっと母を見あげている。
「船に乗っては駄目、絶対に駄目!」
「まあ莉杏?どうして駄目なの?」
「だって船は沈んでしまうわ!大きな風に吹かれて沈んでしまうわ!」
「まあ…」
必死に訴えてくる娘に第三王妃は微笑みを隠さない。きっと先程まで読んでいた絵本にそんな怖いシーンがあったのだろう。
「大丈夫よ、莉杏。三の姫様が乗る船はとても大きくて強いの。それにこの時期に嵐は起こらないわ」
長くなるであろう航行の安全を考え、嵐が滅多に起きないこの時期に王は嫁入りを計画したのだ。それに三の姫が乗る船は巨大で頑丈に建築されており、多少の嵐など苦にもしないだろう。
三の姫は莉杏を可愛がってくれていた。きっと大好きな姉が嫁にいってしまうのが寂しくて駄々をこねているに違いない。
「船が沈んでしまうわ…」
「我が儘を言っては駄目よ、莉杏。きっと三の姫様は王様の下へ着いたら、莉杏にお手紙を書いて下さるわ。母様と二人で待っていましょうね…」
一か月後。
蓮国の王へ手紙が届いた。
それは三の姫が乗った船が、前代未聞の嵐に飲まれ、沈没したとの知らせだった。
『だって船は沈んでしまうわ!大きな風に吹かれて沈んでしまうわ!』
知らせを聞いた第三王妃の耳に、娘の叫び声が蘇った。
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