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ちゅいぃぃぃぃん
ずごごごごごぉぉぉぉ
「……ですね。じゃあまた一週間後くらいで、受付で予約入れて下さい。お大事にー。」
ドア一枚を隔てた場所で、歯科医が妙に間延びした声で患者と話しているのが聞こえる。
壁一面に染み付いた様な消毒液の匂いが鼻をつく待合室。合皮の沈みすぎるソファから見上げた年代物の壁掛け時計の針はもうすぐ十時半を示すところだ。――そろそろか。
緊張の余り普段は全く意識されない、ごくり、と生唾を飲み込む音が喉の奥で聞こえる。
私は幼い頃から歯医者が嫌いだった。
小さな田舎町で育った私は、学校で歯科検診がある度に選択の余地なく小学校から徒歩三分程の立地に開業する、妙に厳しく、地元の名士を暗に主張しているような歯科医に通ったものだった。
威圧感が漂う重い石の門を勇気を振り絞ってくぐり抜けた先に聳え建つ、薄暗い古い歯科医院。
冬ともなると冷たく白いリノリウムの床から、薄っぺらい茶色に金文字で医院の名前がプリントされたスリッパ越しに、ひやりとした冷気が足裏に伝わってきたものだった。
あの時と同じような匂い。同じような音。同じような空気。
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