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幼い私は歯医者に慣れるということがなかった。いつまで経っても、初めて訪れた時の緊張感が、決して離れることのない影の様に私にそっと付きまとっていた。
どくん。どくん。どくん。どくん。どくん。どくん。どくん。どくん。
心臓が民族音楽の打楽器のように、一定のリズムで私の全身に大きく響き渡っている。
「宮島さーん、中にお入りくださーい。」
どくん。
受付の若い女性に声を掛けられ、心臓が一際大きく跳ね上がる。
私ははっと顔を上げた。いつの間にか握り締めていた手がじっとりと汗ばんでいる。
両の掌をズボンに擦りつけながら少し腰を浮かせると、診察の済んだ患者が顎を擦りながら気遣わしげに私の方を見ていたのに気付き、狼狽えながらも思わず会釈をしてしまう。そんなにも私は恐ろしげな顔をしているのか、もしくは青冷めているのだろうか。
平静を装いながら立ち上がり、荷物を(といっても鞄一つだけなのだが)とにかく一歩を踏み出す。
ぺたり。
ああ。やはりあの時と同じだ。
スリッパ越しに足裏に甦る、硬く冷たい床の感触。あの時と同じ、冷たい床。
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