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横たわる男の足先方向の壁に掛かる時計は四時三十二分を指している。私は恨めしそうな目で文字盤を見上げていた。
ここから家まで歩いて二十分はかかるだろう。これから治療してもらうのに、五時からのヒーローアニメの放映には間に合う筈もない。
諦めたように私は小さく溜息を吐いて、座するべき一番奥の診察台に目を向けようとした。
きらり、と何故か点けっぱなしの照明が銀色の治療器具を反射させ、鈍い光が私の目に入り込む。
異常成長した蚓の死骸のようなケーブルの先端に煌めく、小型のドリルのような器具。
細い細い、針がくの字に曲がった注射器。
何本かの絵の具のチューブの様な薬。
何が入っているのか、中がよく見えない茶色の小瓶。
無造作に放り出された脱脂綿。
そして。
そして薄い銀色の皿に置かれた巨大な歯。鮮血の跡も生々しい、真っ赤な液体にその大部分を着色された、こんなものが私の口の中にもあるのだろうかと思う程の大きさの、歯。
目が離せなくなった、というより、私の目線の高さにあつらえたような位置にある物体は私の瞳を捕まえてしまった。足が冷たい床に釘づけになる。呼吸をすることを忘れた石像のように、私は硬直した。
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