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信じていたかった。
優しさを、ひとのあいを。
でも、もう戻れないんだね。
幸せな日々に。
あたしは、大きく息を吸い込んだ。
頬に涙が伝う。
君の事を想う、大好きだった、君の事。
あたしと彼との、コイノオハナシ。
世界中では星の数ほど恋はあるけれど、その中の一つのお話。
きっかけは本当に些細なことだった。
中一の学年が終わる二週間前になってやった席替え。
そこで私はヤツ……霜月響(しもつききょう)の席の隣になったんだ。
もう、四年も前のことだけど、はっきりと覚えてる。
初めて、霜月の隣になった。そう、それしか思わなかった。
まさか、こんな感情に発展するなんて思いもしなかった。
「そうそう、その美容師の人がね、君に似てんの」
くだらない話。
それでも、いやな顔一つせずに、霜月は聞いてくれていた。
でも、もうじきそんなのすら終わってしまう。心のどこかで、冷静な自分が言っていた。
中一が終わるまで、あと五日。
「へぇ~。マジで?」
霜月がそう言って、神経質そうに、前髪を撫でた。
ああ、そうだ。髪の毛を結構気にする人だった気がする。
「そーいやぁさ、なんで水瀬(みなせ)って人のこと"君"っていうの?」
水瀬、それは私の苗字。霜月に『水瀬』って呼ばれると、少しだけ胸が温かくなった事を、覚えている。
「ん?聞いて後悔すんなよ?」
そう言って、あたしはニシシと歯を見せて笑った。
「うん」
霜月は、何時(いつ)になく真剣な表情だった。
たいした理由でもないのに、霜月はいつでも本気だった。
「人の名前と顔が一致しないから。名前と顔覚えんの苦手なの。"君"ならごまかせるっしょ?」
「あ、なるほど。水瀬らしいや。ってことは、オレの名前も覚えてないの?」
「覚えてる、けど。“君”って呼ぶんが、癖なん」
私のよくわかんない理屈に耳を傾けて聞いてくれたね。
普通の人じゃ理解できない話を……。
今となって、幸せに思う。今、私のまわりに、そんな人はいないから。
「あー、雪降ってるわ」
「ほんとだー」
「雪って良いよねー」
こんなくだらない会話をしている時間が1番好きだった。
世界中では、今日を生きていて誰かと話している人がたくさんいるだろうけど、私はこのとき今世界中話している人の中で一番幸せだ。とおもっていた
それだけ、シアワセだった。
この年の、雪の季節は。
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