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誰が何と言おうと、そいつは自分の居場所が嫌いだった。
1つの巨大な枠の中にある、1つの閉じた世界。幾つかの点を除けば、その世界はある意味楽園と言える。1つはとにかくやることが単調なこと。1つは静寂とは無縁なこと。1つは…並べ立てても仕方がない。
だが、それさえ気にしなければ生活も、安全も、保証はされている。一体何の不満があろう。その世界を構成する連中の殆んどは、そう。
そいつは違う。
絶えず働き、働かせ、働かされながら、常々思っていた。
とにかく退屈だ。うるさい。狭苦しい。
おまけに、そいつはどこから拾ってきたのか、「外」という概念を持っていた。この枠の内の世界、その「外」には途方もなく広く、枠も何もない世界があるそうだ。そこへ行けば本当に自由になれるだろうか?そいつは単調な日常にどっぷりと浸りながら、閉じた世界が割れるのを待っていた。
やがてその日が来た。
閉じた枠の世界を、巨大な鳴動がごくりと呑み込む。この時ばかりは、閉じた世界も動きを停めずにはいられない。
世界を揺るがす振動は次第に大きくなり、閉じた世界はくるくると虚空に舞った。重力が相殺された次の瞬間、世界はすとんと墜ちた。
あらゆるものが割れ、砕け、折れる不協和音の響きとともに、凄まじい反動が世界を潰した。
枠の世界に亀裂が走る。
そいつはそれを見逃さなかった。閉じた世界に空いた傷から、そいつは「外」へ跳び出した。
確かに、そこは途方もなく広く、光に満ちて、暖かい。自由、そう言えなくもない。そいつはほんの一瞬きの間だけ、自由と希望を享受した。
しかし、何もなく空虚だ。次の瞬きの後で、そいつは絶望に被われた。
そいつは、そいつだけでは動けない。
閉じた枠の世界も同じこと。
枠の世界は、すべての構成員が全部揃って、初めて1つの世界、1つのシステムとして稼動できる。
世界が割れ、そいつが欠けた今、閉じた世界は動けない。枠の外で、ようやくそいつは気が付いた。
乾き切った陽だまりの中で、そいつはゆっくりと朽ちていった。
閉じた世界も、静かな眠りについた。
「それ、この間の地震で壊れた時計のことだろ。」
小さな歯車と、古い木の柱時計。timepiece。
時計、刻を告げる1つのシステム。時間の切片を詰め込んだ、1つの箱。
システム:一連の事物や部分で全体が構成されたもの。組織。
「システムねえ…。」
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