1215人が本棚に入れています
本棚に追加
「さてと……今日は何をするか……」
それにしても、この国での暮らしは暇だ。するべきことが何も無い。
まず俺達この国の住人は、食事を摂る必要がない。栄養によって維持すべき肉体は、死んだ時点で既に失っているからだ。
入国手続き所にいた口周トマトソース女のように、嗜好品として食事を摂る者もいるが、基本的に『飢え』というものが存在しないこの国では、食物を育てる必要もなければ、食物を買うために金を稼ぐ必要も無い。無論、争う必要も。
「平和な暮らし……という意味では、なるほどここは『天国』だが、退屈な暮らしという意味では、まるでここは『地獄』だな」
一人呟いて苦笑する。こんな下らない思考を巡らせるのも、きっと暇なせい。あの口周トマトソース女が、この国のことを『天国とか地獄とか呼ばれている国』と、曖昧に言った理由も解る気がする。
「何か事件でも起きれば暇潰しになるんだが……」
そんな不謹慎なことを考えてしまうのも、暇のせいということで……ああ、本当に暇だ。このままだと一月も待たないうちにボケてしまう。
「……ャー……」
……と、ボケ予防に指体操でも始めようかと思い始めた矢先、俺の不謹慎な願いが神に通じたのか否か。どこからともなく叫び声のようなものが聞こえた……気がする。
もう一度耳を澄ましてよく聞いてみると、俺の耳が今度は、少女の声と思われる叫びを確かに捉えた。
「たーすーけーてー!」
奥さん、事件です。
……違うか。ともかく事件的な匂いを嗅ぎ付けた俺は、弾かれたように飛び出した。
「待てコラァ!」
「こーなーいーでー!」
駆けつけた俺の目に飛び込んで来たのは、泣きながら逃げる少女と、それを追う男の姿。男は顔を紅潮させ、鬼のような形相で少女を追いかけている。その様子は、まさにリア〇鬼ごっこ。
「死んでまであんなにムキにならなくても……」
そう思いながらも、どこか喜んでいる自分がいる。軽い暇潰しにはなりそうだ。
とりあえず俺は、赤鬼のような男に向かって走り出すと、それに渾身の跳び蹴りを喰らわせて、悶絶させた。
最初のコメントを投稿しよう!