1215人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
アリスには記憶が無い。『記憶』という不純物を含んだものを『魂』だとするのなら、それを失ってしまったアリスは一体、何だというのだろう。
俺は老人に訊ねた。
「もし、この国で記憶を失ったらどうなるんだ?」
それに対する老人の答えは、こうだ。
「不純物である記憶を失うということは、それは当然『浄化が完了した』ということになりますので、その時点で自動的に地上へと送られて、新たに産まれ落ちる肉体へと宿されることになりますね」
「自動的に?」
「ええ、肉体を失った魂が自動的にこの国へと送られてくるのと同じ原理ですよ。この国の大気は記憶をゆっくりと浄化する気体で満たされておりまして、ある程度記憶が浄化された時点で、その魂はこの国からはいなくなります」
なんだって?
それを聞いて、ますます解らなくなってしまった。ならば、アリスは嘘をついているのだろうか? それとも、この老人が?
普通に考えれば、見た目の胡散臭さ的にも、この老人の言っていることが嘘だと考えるべきだろう。だが、外見だけで判断するのは道徳的にもマズい気がする。
とりあえず俺は、アリスという少女がいて、その少女には記憶が無いこと。そして、その少女はとても暴力的であること。さらに、その少女はとても天然であることを伝えた。これで納得のいく返答が無ければ、この老人が狼少年……もとい、狼老人だと判断すればいい。フルボッコにしてやる。
ところがそんな俺の気合いも虚しく、老人の口からは、無駄に衝撃的な台詞が、梅酒のようにサラリと吐き出された。
「その子はまだ、生きてますねぇ」
最初のコメントを投稿しよう!