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「ああ……終わったわ……なにもかも……」
俺の目の前で、元口周トマトソース女が放心している。
地上に降りてきてしまった以上、俺も、この女も『国』に戻ることはできない。
もう、この女の口の周りがトマトソースで汚れることもあるまい。国では支給されていた嗜好品も、地上では手に入れることができないから。
「なんてことをしてくれたの……これで、私もあなたも、永遠に浮遊霊として地上をさ迷わなければならないのよ……」
もしお前がアリスの肉体を手に入れていたとしても、俺は浮遊霊になってたんだ――そう、反論しようと思ったが、止めた。相手にするのもバカらしい。
それよりも、まずはアリスが無事に肉体に帰れたことを喜ぼう。
「……偽善者」
女が呟く。
「偽善者偽善者偽善者偽善者! あーもう、やってらんねえ! 私は『次の身体』を探しに行くからな! 今度は邪魔すんじゃねえぞ!」
そう言って、アリスの病室を飛び出す女。
偽善者か――罵られても全く頭にこない。
恐らくあの女は、これから先もずっとあの調子で地上をさ迷い続けるに違いない。
それを思うと、哀れで仕方がなかった。
「……さあて。俺は俺で、これからどうするのかを考えなきゃなあ……」
アリスの寝顔を一目見て、病室を出る。
が、そこでまず廊下を右に行くか、左に行くかで迷ってしまう。
天国の端から転落した後、気づいたらこの病室にいたが、よくよく考えてみれば、ここは俺の全く知らない土地なのだ。
「まずは観光でもして歩くかなあ……」
一人呟いて右へと歩き出したとき、どこからともなく声が聞こえた。
「――観光など、している暇はありませんぞ」
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