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『おれさ、嫌いだよ。あんたみたいな大人』
これは本音。
でも風が吹けば裏側が見えてしまいそうな、おかしな本音。
『あたしも嫌いだよ。あんたみたいなガキ』
あんたは白い煙を吐いた。
本音を隠す、白い煙。
全部をウソで隠しきるには、この部屋は少し明る過ぎるから。
そっと唇にキスをした。
いつか大人になったらまた来るよって、片手のひらに隠しこめるほど小さく、ささやいて。
――《にがい粉砂糖》――
「お子様はおねんねしてる時間だよ、そこどいてさっさとママんとこに帰んな」
第一印象は飲んだくれのババア。
缶ビールをもつ片手に、真っ赤な目と顔をして説教たれる女は、酔っ払い以外のなにものにも見えなかった。
俺は無視してマシーンに座り続ける。
スピードを上げて右折。
障害物をよけて左折。
ゴールは目の前だった。
見えない風をきる。
「ねぇ、きいてんの?」
耳元で女の声がした。
心地よくウェーブした金髪が、俺の肩にかかる。そのままふっと息を吹きかけられて、おもわず身をすくめそうになる。
酒の匂いに混じってほんの少しいい匂いがした。
「ふふ、バーカ」
笑いをふくんだ声。
画面を見るといつの間にか手元が狂ったのか、スリップしてコース外につっこんでいた。
ゲームオーバー
俺の負け。
舌打ちをして席を立ち上がる。
女は口元で笑いながら、きれいな赤い爪をした手でレーシングカーのハンドルをにぎった。
なんだか格好がつかなくて、嫌な気分だ。そのまま他のゲームに行こうとしたら袖が座席にひっかかった。
いらついて、ふりかえらずに軽くふりはらったけど取れなかった。
見ると、ちがった。
女が俺のジャンパーの袖をひっぱてた。
「行かないでよ」
酔っ払い。なんて顔してんだよ。
俺が悪いみたいじゃんか。
「離せよ」
「行かないで」
赤い爪。
「離せってば」
「行くなっていってるの」
そいつは今にも泣き出しそうな、だだをこねる子供みたいだった。
もうゲームは始まってるのに見向きもしない。
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