闇の柔らかな肌

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 「人間の敵なんて、第二次大戦でほとんど絶滅したんじゃなかったか?」  バリケードにしたテーブルの陰へ入って来たポチは、祥史の問い掛けに首を振った。  「あの時、キミたちの世界であった戦争で確かに『古き神』は消滅してしまったけれど、世界では何かをきっかけにして、新しい神サマがうまれることがあるんだ」  「外にいる連中がその…新しい神だってのか?」  「やがてはそうなるかもしれないね。空間が汚染されるなんて、ニ千年前には考えられなかったことだし、汚染されたニンゲンがやがて神サマになっちゃう未来もありえるよ」  呑気なポチの様子に祥史は溜め息をつくしかなかったが、この緊急事態、頼れるものは使っておいたほうが良い。  「ポチ…士郎を頼んだぞ」  「うん、わかった。でも大丈夫?ヨッシー一人じゃ危ないんじゃないかな」  「オレたち一族は、オマエが言う二千年前から神だの人類の敵だのと殺し合いしてきたんだぜ」  ───そして、ご先祖のほとんど全ては、まともな死に方をしなかった。墓はあっても遺体の欠片すらない事は、祥史自身幼い頃から修行の合間に聞かされている。  自分は幸福な一生を送れるはずもなく、だからこそ、自分の望んだ小さな幸せを少しでも長く感じていたかった。  祥史にとっては、士郎が今現在唯一のそれだった。  「『人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死ね』ってことだよね。ヨッシー」  「いちいち妙なチャチャ入れんじゃねーよ!」    祥史がわずかに藍空に気を取られたその時、横倒しにしたテーブルを黒い影が乗り越えた。  「!」  ───それは最早、ニンゲンとは呼べない、かつてニンゲンだったらしい何かだった。  白濁した瞳がひとつかろうじて残ってはいたが、皮膚を埋め尽くした金属や植物の隆起が油のような液体に覆われた姿に、ニンゲンの名残を見出だす事などできない。  確実に黒い影は、地鳴りにも似た叫びを上げ祥史へ襲いかかろうと───していた。  だが、祥史は黒い影を一瞥するとすぐさま立上がり、破壊されたプレハブの壁へと歩き出した。  ───その横で、後頭部から背中全面にかけてを粉々に打ち砕かれた黒い影が床に崩れ落ちていた。
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