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君の……
数年の後、大将の店には絶え間無い笑い声が響く日常が戻っていた。
「まゆちゃんが帰って来てくれてホッとしたぜ。大将だけじゃ味気無いもんな」
何も知らない常連客達の、明るい笑顔が麻由美に向けられる。
麻由美が戻る日のために、大将は彼女が消えた理由を誰にも言わなかった。
麻由美がこうして戻って来た。それだけを真実にするために。
終いの客が帰った後で、麻由美はあの日の様に暖簾を仕舞いに表へ出る。
相変わらず、この町の冬は厳しい。凍てつく風を受けながら、麻由美が引き戸を閉めようとした。
その手を大将が握って止める。
「暖簾を仕舞う時には、戸を閉めないって約束だろう」
あの日の事が思い出されるのか、大将は目の届かない場所に麻由美が行くのを毛嫌う。
――故意に消える事なんて、二度とないのに。
大将の心配げな顔とその言葉にくすっと小さく笑いを零しながら、麻由美は暖簾を外し静かに暖かい店の中へと戻って行った……。
完
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