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出会い
「大将! まゆちゃんどうした?」
開店したばかりだというのに、常連がさっそく看板娘不在の理由を尋ねる。
大将は無言のままカウンターの上に突き出しをどんっと出して、むっすりとしていた。
「なぁんだよ大将、まさか逃げられちまったんかぁ?」
ぐかかっと下卑た笑いで中年の常連親父が軽い調子でからかってきた。
三十路半ばの大将に春が来たと騒いだのはつい先月の事だった。なのに早くも逃したのかい……と、おっつけ冗談めかしに言う。
だが大将ときたら眉間にシワを寄せたまま、反論すらしやしない。
「何だよ、本当に出ていっちまったんか? そりゃこんな無愛想な親父相手じゃしょうもねぇもんな! ガハハッ」
いつもならその程度の軽口に、そう嫌悪な態度などとらない大将が、異様な威圧感を醸し出す。常連はその下卑た笑いを尻すぼみに止めて身を縮めた。
店内に沈黙が戻り、ヤカンに放り込まれた徳利の口から豊潤な香が漂い始める。
注文の酒に癇がついたところで、その常連客へと徳利と猪口を渡しながら大将は昨夜の事を考えていた。
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