AM2:30-AM3:50

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「…詰まらない話になるのはいやだから」 彼女はそう言ってうつむいた。僕は彼女が何を言おうとしていたか、わかった気がした。 僕にとっての街を捨てる理由。 それが彼女にとって何なのかはしれないけれど、他人に話すには未だ生々しく血を流しているのだろう。 傷口を抉る趣味のある人間なんて希だ。他人のものであっても、自分のものであっても。 「このバスの向かう先で新しく生活を始めるつもりなんです」 僕がそう言うと、彼女はうつむいたまま僕を見上げると少し笑って 「多分そうなんだろうと思った」 と言った。 「逃げているのかもしれないし、見えてしまった壁の先を目指しているのかもしれない。僕にはまだそれがわかっていないんです」 「私は、きっと逃げているだけだわ」 「過去を捨てるため?」 「心を守るため」 彼女はそう言うと、窓の外の景色を指さして言った。 「離れられれば変わると思ったの」 僕は言葉を探せなかった。 「僕も同じだ」 とは言えず、黙っていた。僕にとっては最早守るべき心などなかったのだ。 ただ、引きずられたくなかっただけ。 過去を愛でる人にはなりたくない。 「好きな人が、幸せそうに暮らしているのよ。あの街には」 彼女は不意に、そう言った。 「それを側にいて見ていられるほど私は強く無い。わかっているの。 私の幸せのために、好きな人の幸せを壊してしまうことだって考えてしまうくらい、私はわがままで自分勝手だって」 彼女は少し泣いているようだった。 僕は黙って彼女にハンカチを渡した。 「自分自身が望むなら、仕方ない事だと思います」 彼女は困ったように微笑んでハンカチを受け取った。 「でも、それは公平な事じゃないわ」 「だから遠く離れる?」 頷いた彼女は、僕を見つめて 「あなたも同じでしょ?」 と言う。 僕は直ぐに答えられず、吐くべき言葉を探した 時計を見ると、もう3時50分近く、バスは次に停車するSAに近づいていた。
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